物性評価が製剤開発で欠かせない理由
製剤開発の打ち合わせで、何度か同じ場面を見てきました。候補化合物の薬理データは悪くない。安全性の見通しも立ちそう。けれど、いざ錠剤やカプセルにしようとすると、溶けにくい、固まりやすい、打錠すると割れる、保存中に結晶形が変わる。そこで初めて「この原薬、製剤として扱いにくいですね」という話になります。
私は宮下玲子と申します。製薬会社の品質管理部門で分析試験と機器管理に携わった後、医薬品分析や製剤開発まわりを扱う技術ライターとして仕事をしています。現場にいた頃から感じていたのは、物性評価は地味に見えるけれど、後工程の失敗をかなり減らしてくれるということです。きれいなグラフを作るための測定ではありません。処方を決める、製法を選ぶ、規格を組む。その判断材料になります。
この記事では、物性評価が製剤開発でなぜ欠かせないのかを、製薬現場に近い目線で整理します。
物性評価は候補化合物を薬に近づけるための翻訳作業
有効成分が見つかっても、そのまま患者さんに届く薬になるわけではありません。錠剤、カプセル、注射剤、外用剤など、実際に使える形にするには、原薬の性質をよく見て、製剤として扱える状態に整える必要があります。
物性評価は、そのための翻訳作業に近いです。
研究段階では「この成分は標的に効くか」が中心になります。製剤開発に入ると、問いが変わります。
- 水にどれくらい溶けるのか
- 胃や腸に近い条件で溶け方が変わるのか
- 結晶形は安定しているのか
- 粉として流れやすいのか
- 圧縮したときに割れず、欠けず、一定の硬さになるのか
- 保存中に吸湿や分解が起きやすいのか
こうした性質が見えないまま処方を組むと、あとで苦しくなります。添加剤を増やしても溶出が上がらない。粒子径を変えたら混合均一性が崩れる。スケールを上げた途端に打錠障害が出る。経験上、こういう問題は「製造が下手だった」だけで片付かないことが多いです。根っこにあるのは、原薬や処方の物性を十分に見ないまま進めたこと。かなり多いです。
製剤開発で見る主な物性
製剤開発で確認する物性は、製剤の種類や開発段階によって変わります。経口固形製剤なら溶解性、溶出性、粒子径、結晶多型、粉体特性、圧縮性がよく話題になります。注射剤では溶解性、安定性、浸透圧、粘度、容器との相互作用も見ます。
代表的な評価項目を整理すると、次のようになります。
| 評価する性質 | 何を見るか | 製剤開発への影響 |
|---|---|---|
| 溶解度 | 水や各種試験液にどれだけ溶けるか | 処方設計、溶出改善、投与量設計に関わる |
| 酸解離定数 | 酸性・中性・塩基性の条件での電離状態 | 胃内や腸管内での溶け方を考える材料になる |
| 分配係数 | 水相と油相のどちらに分かれやすいか | 膜透過性や製剤化方針の見立てに使う |
| 結晶多型 | 同じ成分で異なる結晶形があるか | 溶解性、安定性、製造再現性に影響する |
| 粒子径 | 粒の大きさと分布 | 溶出性、混合均一性、粉体の流れに関わる |
| 粉体特性 | 流動性、付着性、かさ密度など | 充填、混合、打錠、造粒の安定性に関わる |
| 圧縮性 | 圧縮したときの固まり方 | 錠剤の硬度、摩損、割れ、キャッピングに関わる |
| 吸湿性 | 湿度で水分をどれだけ取り込むか | 保存安定性、包装設計、製造環境に関わる |
表にすると整って見えますが、現場ではひとつずつ独立していません。粒子径を小さくすれば溶出は改善するかもしれません。その代わり、粉が舞いやすくなり、付着しやすくなり、製造の扱いが悪くなることもあります。結晶形を変えれば溶解性は上がるかもしれませんが、保存中に別の結晶形へ戻るなら採用は慎重になります。
製剤開発では、ひとつの数値だけを見て「良い」「悪い」と決めません。吸収性、製造性、安定性、品質管理のしやすさを見ながら、どこで折り合いをつけるかを決めていきます。
物性評価が早い段階で必要になる理由
物性評価は、開発の後半で帳尻を合わせるための作業ではありません。むしろ早い段階ほど価値があります。理由は単純です。原薬の扱いにくさを後から直すほど、処方、製法、試験法、安定性試験、申請資料まで影響が広がるからです。
溶け方は吸収性と処方設計に関わる
経口薬では、体内に吸収される前に、まず消化管内で溶ける必要があります。溶けにくい成分では、投与量を増やしても期待した血中濃度に届かないことがあります。反対に、溶け方が急すぎると、製剤設計上の制御が必要になる場合もあります。
医薬品医療機器総合機構は、生物薬剤学分類に基づくバイオウェーバーガイドラインを案内しています。ここで扱われる溶解性、膜透過性、溶出性という考え方は、経口固形製剤を考えるうえで避けて通れません。
開発初期に溶解度や溶出挙動を見ておくと、次の判断がしやすくなります。
- 塩形成や結晶形の検討が必要か
- 粒子径を調整する価値があるか
- 界面活性剤や可溶化技術を使うべきか
- 通常の錠剤で進めるか、別の剤形を検討するか
- 溶出試験条件をどのように設計するか
後から「やはり溶けませんでした」となると、処方を変え、製法を変え、安定性を取り直すことになります。小さな測定を早めに入れるだけで、遠回りを避けられることがあります。
結晶形や粒子径は安定性と再現性に関わる
同じ化学構造の成分でも、結晶形が違えば溶け方や安定性が変わることがあります。これが結晶多型です。製剤開発では、どの結晶形を採用するのか、製造中や保存中に別の形へ変わらないのかを確認します。
粒子径も同じです。粒が小さくなれば表面積が増え、溶出が速くなることがあります。ただし、小さくすればすべて解決、という話ではありません。微粉化した原薬は静電気を帯びやすく、容器や装置に付着しやすくなる場合があります。混合均一性が崩れれば、1錠あたりの含量ばらつきにもつながります。
私は品質管理側で試験結果を見る立場でしたが、製造バッチごとに結果が妙に揺れるとき、試験法だけを疑っても答えが出ないことがありました。よく見ると、原料ロットの粒度分布や粉体の状態が違っていた。そういうことがあります。試験室の数字は、製造現場の粉の状態を映していることがあるのです。
粉体特性は量産時のトラブルにつながる
研究室の小スケールでは問題なく作れた処方が、量産に近づくと急に扱いにくくなることがあります。粉がホッパーから落ちない。打錠機に付着する。錠剤の硬度が安定しない。割れや欠けが増える。
こうしたトラブルは、粉体特性や圧縮性の評価で予兆をつかめることがあります。
- 流動性が悪い粉は、充填量のばらつきにつながりやすい
- 付着しやすい粉は、杵や臼への付着、含量ばらつきの原因になりやすい
- 圧縮性が低い粉は、硬度不足や摩損の問題が出やすい
- 弾性回復が大きい粉は、キャッピングやラミネーションが起きやすい
製剤は「成分を混ぜて固めるだけ」ではありません。粉の流れ方、固まり方、崩れ方まで含めて設計するものです。ここを軽く見ると、量産前の段階で時間を失います。
物性評価は規制資料や品質基準にもつながる
物性評価は研究開発部門だけの話ではありません。承認申請、品質管理、製造管理にもつながります。なぜその処方にしたのか。なぜその製法にしたのか。どの特性が品質に関わるのか。どこを管理すれば一貫した品質になるのか。これを説明する土台が、開発中に蓄積した物性データです。
医薬品医療機器総合機構の製剤開発に関するガイドラインでは、製剤開発に関する情報が案内されています。製剤設計、原薬、添加剤、製造工程などを科学的に説明する流れを見ると、物性評価が単なる社内検討で終わらないことが分かります。
厚生労働省の日本薬局方ホームページでは、日本薬局方を医薬品の性状と品質の適正を図るための規格基準書として説明しています。2026年4月10日には第十九改正日本薬局方も掲載されています。溶出試験、崩壊試験、粒度測定、乾燥減量など、製剤の性質を評価する考え方は、品質基準とも地続きです。
開発中の物性データがしっかりしていると、品質管理で何を見ればよいかも決めやすくなります。逆に、開発中の理解が薄いまま規格だけを作ると、あとで「この試験は本当に製品品質を見ているのか」という疑問が残ります。これは地味に困ります。
外部の専門機器や受託評価を使う場面
物性評価を全部社内で抱えるのは、簡単ではありません。装置が高価なだけでなく、試料量、測定条件、前処理、データの読み方まで経験が要ります。たとえば結晶多型、表面溶出、微量試料での溶出・吸収性評価、打錠圧縮特性などは、装置を置けばすぐに判断できる領域ではありません。
フィジオマキナ株式会社の業務内容を見ると、溶出試験器と周辺機器、創薬研究および物性評価に関する機器、バリデーションやキャリブレーション、標準品、受託試験まで扱っていることが分かります。機器販売だけでなく、測定や校正、技術支援まで近い位置にある会社です。
同社の応用技術研究所には、溶出試験関連の装置、表面溶出イメージング、溶解度評価、結晶多型スクリーニング、打錠圧縮特性評価など、製剤開発で使う設備が並んでいます。2022年5月25日時点の設備一覧として掲載されている内容を見るだけでも、物性評価をかなり広く扱っていることが読み取れます。
社名の変遷まで含めて確認したい場合は、旧社名である日本バリデーションテクノロジーズ株式会社について整理されたページを見ると、現在のフィジオマキナ株式会社との関係を追いやすいです。
外部評価を使う場面は、開発の後半だけではありません。むしろ、次のような段階で役に立ちます。
- 候補化合物の絞り込みで、溶解性や結晶形を比較したい
- 処方変更の前後で、溶出挙動の差を早く見たい
- 社内装置では測りにくい少量試料を評価したい
- 打錠障害の原因を、粉体や圧縮性の側から見たい
- 申請や品質管理に使うデータの妥当性を確認したい
外部に頼ることは、社内の力不足ではありません。必要な測定を、必要な精度で、必要な時期に入れるための選択です。製剤開発では、この割り切りがかなり効きます。
物性評価を進めるときの実務チェック
物性評価は、項目を増やせばよいものではありません。試験が増えるほど、試料も時間も費用も使います。大切なのは、次の判断につながる測定にすることです。
実務では、測定前に次の点を決めておくと迷いにくくなります。
| 確認すること | 具体的に決める内容 |
|---|---|
| 測定の目的 | 処方選択、製法選択、原因調査、規格設定のどれに使うのか |
| 試験条件 | 胃内・腸管内を想定するのか、製造環境を想定するのか |
| 試料の状態 | 原薬、粉砕品、造粒品、最終製剤のどれを測るのか |
| 比較対象 | ロット差、処方差、粒子径差、保存前後のどれを見るのか |
| 判定の使い道 | 次に処方を変えるのか、製法を変えるのか、追加試験をするのか |
測定後に「で、このデータをどう使うのですか」となるのが一番もったいないです。最初に問いを立てる。測る。結果を見て次を決める。地味ですが、この順番が崩れると物性評価はただのデータ集めになります。
もうひとつ、試験条件の記録も大切です。温度、湿度、試験液、かくはん条件、試料の前処理、保管条件。物性評価は条件の影響を受けやすいので、記録が甘いと後で比較できません。品質管理の経験から言うと、「たぶん同じ条件です」は、後工程ではほぼ使えません。
よくある誤解
物性評価について、現場で聞く誤解もあります。
開発後半で測れば十分という誤解
後半で測る物性評価もあります。ただ、処方や製法を決めた後に大きな問題が見つかると、戻る範囲が広くなります。初期段階では簡易な評価でも構いません。大まかなリスクを早くつかむほうが、開発全体では動きやすいです。
溶解度だけ見ればよいという誤解
溶解度は大事です。けれど、実際の製剤では溶出速度、粒子径、結晶形、添加剤との相互作用、製造工程での変化も見ます。水に溶けるかどうかだけで、吸収性や製造性を判断するのは危ないです。
装置の性能が高ければ答えが出るという誤解
性能のよい装置は強い味方です。ただ、測定条件が目的に合っていなければ、きれいなデータが出ても判断には使いにくい。物性評価で差が出るのは、装置そのものだけでなく、試験設計と解釈です。ここは本当に人の経験が出ます。
まとめ
物性評価は、製剤開発の脇役ではありません。候補化合物を薬として成立させるための土台です。
溶解性、結晶形、粒子径、粉体特性、圧縮性、吸湿性。どれも単独の数値ではなく、処方設計、製造工程、安定性、品質管理に結びついています。早い段階で物性を見ておけば、処方や製法の選択肢を冷静に比べられます。後から大きく戻るリスクも減らせます。
製剤開発は、きれいに一直線では進みません。だからこそ、早めに測って、早めに違和感を見つける。測定データを、次の判断に使う。物性評価の価値はそこにあります。


