「なるべく削らない・抜かない」歯科治療とは?横堤歯科クリニックの方針から考える
「できれば削らないでほしいんです」。
歯科衛生士として働いていた9年間、診療台の上で何度この言葉を聞いたかわかりません。
はじめまして、医療と子育ての分野でライターをしている中谷美穂です。
大阪府内の歯科医院で歯科衛生士として勤め、出産を機に退職しました。
いまは大阪市鶴見区で、小学4年の息子と4歳の娘を育てています。
削られるのが怖い、抜くと言われてショックだった。
そんな声を聞くたびに、歯科医療の側が「なるべく削らない・抜かない」をどう考えているのか、きちんと伝える機会がほしいと思っていました。
この記事では、その考え方の中身と限界を、公的機関や学会の資料をもとに整理します。
後半では、地元の横堤歯科クリニックが掲げている方針を、元歯科衛生士の目線で読んでみます。
「なるべく削らない・抜かない」の正体はMIという考え方
「削らない歯医者」という言葉を見かけることが増えました。
その土台にあるのが、MI(ミニマルインターベンション)と呼ばれる考え方です。
日本語にすると「最小限の介入」になります。
削る量を減らすだけの話ではない
日本歯科保存学会の「う蝕治療ガイドライン 第2版」は、MIが「削る量を減らすこと」と受け取られがちな点に触れています。
本来の意味はもっと広く、虫歯の原因になる口の中の細菌の状態を整え、歯が溶けたり戻ったりする動きに働きかけて、虫歯の発生と進行を抑えることだと説明しています。
同じガイドラインには、国際歯科連盟(FDI)が「Drill & Fill(削って詰める)」と批判されるような、十分な検査や診断のないまま進む修復治療に警鐘を鳴らした、という記述もあります。
つまりMIは、削る技術の話である前に「削る前によく診る」という姿勢の話なんです。
削った歯は元に戻らない
なぜここまで削ることに慎重になるのか。
理由は単純で、削った歯は二度と生えてこないからです。
厚生労働省のe-ヘルスネットでも、虫歯の治療は崩れた歯の部分を歯科材料に置き換えるもので、元の健康な歯に戻るわけではないと説明されています。
詰め物と歯のすき間から細菌が入り、詰め物の下に虫歯ができることもあります。
虫歯の進み具合と一般的な治療の流れは、次の表のとおりです。
e-ヘルスネットのむし歯の治療の流れをもとにまとめました。
| 虫歯の状態 | 一般的な対応 |
|---|---|
| 歯の表面だけが溶けている(穴はあいていない) | 削らずに再石灰化を待つ |
| 小さな穴があいた | 虫歯の部分を削ってレジン(白い樹脂)を詰める |
| 穴が大きくなった | 型を取って詰め物やかぶせ物を作る |
| 歯の神経(歯髄)まで達した | 神経を取り、根の中を清掃する根管治療をしてかぶせ物をする |
下の段に行くほど、削る量は増えていきます。
そして一度削った歯にもう一度虫歯ができると、やり直すたびに表の下へ下へと進んでしまう。
衛生士時代、詰め物のやり直しを何度も重ねてきた歯を見るたびに、最初の一回の重さを感じていました。
削らずに見守れる虫歯と、削ったほうがいい虫歯
「削らない」と聞くと、どんな虫歯でも削らずに済むように思えるかもしれません。
実際には、削らずに見守れる虫歯には条件があります。
白く濁った初期の虫歯はフッ化物で見守れる
日本歯科医学会がまとめたエナメル質初期う蝕に関する基本的な考え方では、歯の表面だけが溶けていて穴があいていない虫歯を「エナメル質初期う蝕」と呼んでいます。
見た目は白く濁った斑点で、痛みなどの自覚症状はありません。
この段階なら、フッ化物を適切に使うことで進行が止まり、再石灰化して回復するとされています。
歯科医院でのフッ化物塗布は、おおむね3か月ごとが目安です。
一方で、穴があいてしまった場合は速やかに修復処置へ移る、とも書かれています。
e-ヘルスネットでも、表面が割れて穴になると「もう治ることはありません」とはっきり説明されています。
削らずに済むかどうかの分かれ目は、穴があいているかどうかなんですね。
「経過観察」は放置とは違う
歯科医院で「この虫歯は様子を見ましょう」と言われると、何もしなくていいと受け取る方がいます。
でも、初期の虫歯の管理は歯科医師と患者が一緒に取り組むものです。
同じ資料では、次のような管理が挙げられています。
- 毎日の歯みがきで歯垢をしっかり落とす
- フッ化物入りの歯みがき粉を使う
- 必要に応じてフッ化物でうがいをする
- 歯科医院でおおむね3か月ごとにフッ化物を塗ってもらう
- 口の中の写真で、白い斑点の変化を記録してもらう
衛生士のころ、「様子見」と言われたまま2年ほど来院が途絶え、戻ってきたときには穴があいていた患者さんがいました。
見守る治療は、定期的に通ってはじめて成り立ちます。
家でできることとして、私がよくお伝えしていたのは甘い飲み物のだらだら飲みを控えることでした。
口の中が酸性に傾く時間が長いほど、歯が溶ける時間も長くなります。
仕上げ磨きをしている子どもの歯なら、奥歯の溝や歯と歯の間に白い濁りがないか、ときどき明るいところで見てあげてください。
「抜かない」を目指すうえで知っておきたい数字
次は「抜かない」のほうです。
どんな理由で歯が抜かれているのかを知ると、歯を残すために何が大事かが見えてきます。
歯を抜く原因の内訳
公益財団法人8020推進財団は、2018年6月の1週間に全国の歯科医院で抜かれた歯を調べています。
第2回 永久歯の抜歯原因調査報告書による主な原因の割合は次のとおりです。
| 抜歯の主な原因 | 割合 |
|---|---|
| 歯周病 | 37.1% |
| 虫歯(う蝕) | 29.2% |
| 歯が割れた(破折) | 17.8% |
| その他 | 7.6% |
| 埋まっている歯(埋伏歯) | 5.0% |
| 矯正のため | 1.9% |
歯周病と虫歯だけで、全体の6割を超えます。
つまり、抜歯の多くは毎日のケアと定期的な管理で防げる病気から起きているということです。
神経を取った歯は割れやすい
数字の中で、私が特に気になったのは「破折」です。
同じ報告書では、抜かれた歯の46.5%が「神経を取って根の治療を済ませた歯」でした。
神経のある歯に比べて、神経のない歯は割れて抜歯になる割合がはっきり大きかったとも報告されています。
e-ヘルスネットの歯の喪失の原因でも、かぶせ物をした歯は失われやすい歯の一つに挙げられています。
かぶせ物という治療そのものが悪いのではなく、そうした歯には神経を取った歯が多いからだと説明されています。
削る量が増え、神経を取り、かぶせ物をして、最後は割れて抜歯になる。
「なるべく削らない」と「なるべく抜かない」は、別々の話ではなく一本の流れでつながっています。
抜いたほうがよい歯もある
ただ、どんな歯でも残せばいいわけではありません。
日本口腔外科学会は親知らずについて、痛みや腫れをくり返す場合や、手前の歯まで虫歯にしたり、手前の歯の根を傷めたりするおそれがある場合には抜歯を考えるよう案内しています。
反対に、まっすぐ生えてきちんと噛めている親知らずは、一般に抜かなくてよいとされています。
親知らずのほかにも、残すことでかえって周りに悪影響が出る歯はあります。
- 歯周病が進み、歯を支える骨が大きく失われてグラグラしている歯
- 根が縦に割れていて、治療で残すのが難しい歯
- 根の先の病気が広がり、治療しても治りきらない歯
「抜かない」は、残せる歯をできるだけ残すという意味です。
抜くべき歯を見極める力も、同じくらい大切だと私は考えています。
横堤歯科クリニックの方針を元歯科衛生士の目で読む
ここからは、私の住む鶴見区で「抜かない・削らない」を方針に掲げている横堤歯科クリニックを例に考えてみます。
地下鉄長堀鶴見緑地線の横堤駅から歩いて4分ほど、諸口にある歯科医院です。
公式サイトの「横堤歯科のこだわり」には、こう書かれています。
歯は一度抜いたり削ったりしてしまうと再生することはありません。
横堤歯科では、可能な限り患者様の歯を残す治療計画を立てて治療に当たります。どうしても歯を削らないといけない場合は、削る部分を最小限にするよう考えて削ります。
私がいいなと思ったのは、「絶対に削らない」とは書かず、「可能な限り」「最小限に」と書いているところです。
ここまで見てきたとおり、削らずに見守れるのは穴のあいていない初期の虫歯に限られます。
削るべきときは削る、ただしできるだけ小さく。
MIの考え方に沿った、現実的な書き方だと感じました。
方針の全文や診療の様子は、横堤歯科クリニックの公式サイトにある「横堤歯科のこだわり」で読めます。
ほかにも、元衛生士として目に留まった点がいくつかありました。
- 虫歯治療は、白い樹脂を直接詰めるコンポジットレジン(CR)治療が中心
- 院長はダイレクトボンディング(樹脂を重ねて歯の形を作る方法)のセミナーを修了している
- 歯科用CTを、インプラントだけでなく根管治療や親知らずの抜歯にも使っている
- 院長は口腔外科の出身で、日本口腔外科学会の認定医
CR治療は、型取りの詰め物に比べて削る量を抑えやすい方法です。
根管治療は、神経まで進んだ虫歯でも歯を抜かずに残すための治療。
そして口腔外科の経験があるということは、残す治療と抜く治療の両方を知ったうえで判断できる、ということでもあります。
前の章で書いたように、「抜かない」には見極めがつきものです。
残すか抜くかを一つの医院の中で比べてもらえるのは、患者にとって心強いと思います。
予防歯科の案内では、定期的なメンテナンスで虫歯や歯周病の早期発見・治療につなげると説明しています。
初期の虫歯を見守る治療は、この定期的な通院とセットで考えたいところです。
また、横堤歯科クリニックは「わかりやすい説明をして、納得してもらってから治療する」ことも大切にしていると公式サイトに書いています。
削るかどうか、抜くかどうかは、最後は患者自身が決めることです。
説明に時間をかけてくれる医院かどうかは、方針と同じくらい見ておきたいポイントです。
治療の前に聞いておきたい質問
どの歯科医院にかかるとしても、「削らない・抜かない」を自分の治療に生かすには、聞きたいことを言葉にして伝えるのが近道です。
私が友人に勧めている聞き方を紹介します。
- 「この虫歯は、今すぐ削る必要がありますか。様子を見る選択肢はありますか」
- 「様子を見る場合、次はいつ来ればいいですか。家では何をすればいいですか」
- 「詰め物が欠けたところは、全部やり直さずに部分的に直すことはできますか」
- 「抜歯以外の方法はありますか。残した場合と抜いた場合、それぞれどんなリスクがありますか」
3つ目の質問は、日本歯科保存学会のガイドラインで、傷んだ詰め物を全部やり直す代わりに部分的に補修する方法も選択肢として挙げられていることを踏まえたものです。
もちろん、補修で済むかどうかは歯の状態しだいです。
こうした質問に、写真やレントゲンを見せながら答えてくれる歯科医院なら、安心して相談を続けられるはずです。
まとめ
「なるべく削らない・抜かない」は、どんな歯も削らない、抜かないという約束ではありません。
削る前によく診て、初期の虫歯はフッ化物と定期管理で見守り、削るときは最小限にする。
残せる歯はできるだけ残し、残せない歯は見極めて抜く。
そうした考え方の積み重ねです。
歯は一度削ると元に戻りません。
神経を取った歯は割れやすく、抜歯の原因の上位にも入っています。
だからこそ、最初に削るかどうかの判断と、その後の定期的な通院が歯の寿命を左右します。
横堤歯科クリニックの「可能な限り」「最小限に」という書き方には、その現実をふまえた誠実さを感じました。
気になる歯があるなら、まずは今の状態を診てもらい、さっきの質問を一つ投げかけてみてください。
自分の歯の残し方を、歯医者さんと一緒に考えるところから始まります。




